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わたしが、初めてカゲロウに出逢ったのは、5月に咲くスミレを探しに行った帰り道のことだった。
さやさやと涼しげな音を立てて流れる渓流沿いの谷を登り、急勾配の斜面に取り付いた。
イタヤカエデの根元に、一株、純白のシコクスミレが咲いていた。
はじめて出逢えたシコクスミレの美しさに心躍らせたそんな日だった。
そして、尾根道や、タワになった日当りの良い林床には、小さな小さなフモトスミレが群落を造って咲いていて、夢のようにしあわせな時間を過ごして、登山口のある谷へと降りて来た。

午後3時を回って、谷は、早くも夕映えを迎えようとしていた。
谷を見守るように聳えた向かいの名も無い山の肩へと、夕日の色をした太陽が沈もうとしていた。

谷は見る間に、金色の光に包まれていった。
渓流の流れや、少し広くなった川面は、その光を受けてそれは眩しく美しく光り輝いたのだった。

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川面に渡された、丸木の小さな橋を渡りながら、その美しさに立ち止まらずにはいられなかった。
わたしは数枚、光る川面の写真を撮って目をこすった。
何かキラキラとした小さな物が川面を浮遊していた。
「なにかしら?」そう思って目を上げた瞬間、思わず息を呑んだ。

キラキラと金色に光り輝く小さな浮遊物は、ふわふわと浮かび上がっては沈む動作を繰り返しながら、川面いっぱいに舞い、やがて、谷いっぱいに乱舞した。
それは、とても不思議な光景だった。まるで、たくさんのティンカーベルに包まれたような気がした。
その谷の空気そのものが、金色とオレンジ色を滲ませた大きな川のようだと思った。

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やがて、太陽が向かいの山陰に消えていくと、急速に谷は色をなくしていくようだった。
色褪せていく景色とともに、幻のフェアリーたちも、輝きを失い、ついには姿が消えていった。

夕映え時の、ほんの数分間のドラマだった。その美しさと儚さに感動して、わたしは胸の奥から熱い想いがこみ上げるのを抑えることができなかった。
その生き物が、カゲロウだという事をわたしは後から知ったのだった。
初めて、カゲロウに出逢ったのは、新緑が美しい、初夏の息吹が感じられる森だった。

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そして、わたしが2度目にカゲロウに出逢ったのは、夏の名残りに浸りたくて出かけた9月初めの森だった。
今年も夏の終わりには、この地に足を運んでしまった。ダムサイトを回って、その奥へと林道を遡っていく。うっそうとした杉やヒノキの森陰を大きな川音を立てて上流から川が流れ込んでいた。
時おり、木の間越しに見える川面は、ところどころに人口の堰を流れていくのが見えたのだった。
そんな中に、白い水しぶきが見えた。「あら?あんなところに小さな滝があるわ…」
なんにでも興味を持つ好奇心旺盛なわたしは、すぐに、周りをきょろきょろと見回した。
どうやら、川に下りていけそうな、踏み後があることに気づいた。

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もちろん、その道を辿って、岩角を乗り越え、河原へと飛び降りたのは言うまでもない。。。
川幅は思ったよりも広く、透明で澄み切っていて、思っていたよりも浅かった。
わたしは、すぐに靴を脱ぎ捨て、ズボンの裾をまくりあげ、素足を川の中に浸す。
川床の石は、穏やかな流れにさらされて、角が削られたのか丸みがあって足の裏に優しかった。

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川面に映る緑の木々や、空の色が綺麗で、夏の名残りが輝いて見えた。
そして、川面を吹く風が柔らかくて涼やかで、秋の訪れを感じたのだった。
膝ぐらいまで濡らしながら、向こう岸へと渡り、靴を履き、林道から覗いた小さな滝を見に行った。

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その滝音とは別に、川上から、かなり大きな轟々とした水が流れ落ちる音がしていた。
わたしは、その音のするほうへと河原を歩いていった。緩やかにカーブした場所に差し掛かると、なにやら大きな水の流れ落ちる姿が見える。どうやら堰を流れ落ちているようだけれど、この場所から見ると凄い迫力で、大きな滑滝のような感じだった。

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湾曲した川面を回りきると、その姿が明らかになった。人口の堰とはいえ、素晴らしい景観だった。
午後の日差しに、木々の葉は輝きを増し、滴るように美しい緑が晩夏を印象づけ、堰の上の草深い岸辺には、ススキの穂が金色に輝き、しなやかに秋の訪れを謳っていた。

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わたしは、夏と秋の狭間に、佇み、澄み切った水の色や、川底の小石が金色に光るのを見つめた。
ひとしきり写真を撮っていると、また少し日が傾いたのか、川面はますます光り輝いて、まるで光る川の帯のように眩しかった。

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そんな川面の光が、水辺の岩にゆらゆらと揺らめきながら反射していてとても綺麗だった。
岸辺に座り、そんな光景を眺めていた時、川面に浮かぶ無数の光を見つけた。


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光の中を漂い浮かぶカゲロウたちだった。さっきまでいなかったのに、いったいどこから現れたのだろう…カゲロウの幼虫は、時季がくると水の中から浮かび上がってきて、背中が空気に触れると割れて羽化して成虫になるのだそうだ。きっと今しがた羽化したばかりなのだろう。
成虫になると、餌を食べずに夕暮れ時などに舞い数時間で交尾をし、卵を産み、死んでいくと言う。
今、彼らは命を繋ぐためにひたすら飛び続けているのだ。
本当に儚い生き物だけれど、生きるためのその営みは壮大だと思った。

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わたしは、夕映えの輝きがピークになり、だんだんと翳りながら色あせていくのを見守り続けた。
カゲロウたちは、飛翔を繰り返しながらカップルになり、少しづつ消えていった。
カゲロウの羽化は初夏の頃が一番多いと言う。確かに5月に見た谷いっぱいに乱舞する飛翔とは違って、川面に群れ飛ぶ小さな飛翔だったけれど、金色に輝く美しい姿だった。

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きっと、これが最期の羽化だったのかもしれない。
この場所に導かれたことを不思議に思いながら、少しずつ姿を消す、カゲロウたちの飛翔を見届けた。
どこか、遠い場所ではなく、すぐ身近の川の一隅で繰り広げられる美しくも不思議な光景を、いつかアイリスにも見せてあげたいと思った。
きっと、アイリスなら、わたしと同じ思いにとらわれることだろう。

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わたしは、また、裸足になって冷たさが増した川面を渡り林道へと戻ったのだった。

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《カゲロウについて調べたことを少し》
カゲロウ(蜉蝣)とは、節足動物門・昆虫綱・カゲロウ目(蜉蝣目)Ephemeropteraに属する昆虫の総称。昆虫の中で最初に翅を獲得したグループの一つであると考えられている。幼虫はすべて水生。不完全変態であるが、幼虫→亜成虫→成虫という半変態と呼ばれる特殊な変態をし、成虫は軟弱で長い尾をもち、寿命が短いことでもよく知られる。

成虫は餌を取らず、水中に産卵すると、ごく短い成虫期間を終える。
幼虫時代は一般に脱皮回数が多く、通常でも10回以上、時には40回に及ぶものもあると言われる。幼虫の期間は半年ないし1年程度で、終齢近くのものでは翅芽が発達する。不完全変態であり、蛹にはならない。羽化の時期は春から冬まで種や地域によって異なるが、初夏の頃が最も多く、時間も夕方頃が多い。羽化場所は水中、水面、水際など種によって異なっている。羽化したものは実は成虫ではなく、亜成虫(subimago)と呼ばれる。というのは、この亜成虫は、飛び立って後、別の場所で、改めて脱皮を行い、そこで初めて真の成虫になるからである。成虫は、よく明かりに集まるが、そういったところを探すと、脱皮柄がくっついているのを見ることができる。亜成虫は成虫とほぼ同形であるが、成虫に比べて毛が多く、脚や尾がやや太短く、翅が不透明であるなどの違いが見られ、性的には未成熟である。なお、翅が伸びた後に脱皮する昆虫は他にいない。
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2009.09.30 Wed l 山と森 l COM(6) TB(1) l top ▲
アイリスと高速を飛ばして、山梨までマーガレットとてっちゃんを迎えに行った。
さわやかな秋空の下で、ススキの穂がしなやかに風に揺れ初々しく輝いていた。
道路の上をチラチラと舞いながら、時折、蝶たちが横切っていく。
モンシロチョウやキチョウだったり、ヒョウモンチョウやアカタテハだったり…
蝶たちはどうして、こんな激しい往来の道路を横切っていくのだろうね…
向こうの草原に何があるんだろう?卵を産もうとしているのかしら…

高く、トビが渡り、セキレイも波を打つような飛翔で飛び立っていく。
あっという間に過ぎ行く車窓なのに、そんな生き物たちの営みがわたしたちの心を捉えて離さないのだった。

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『空は真っ青…風も気持ち良さそうだね。もう、すっかり秋だね。』と、アイリスがつぶやく。

彼岸花が森影に赤く咲いていた。
そして、金色に実った田んぼの畦にもキラキラと輝くように咲いていた。

「子どもの頃お彼岸でおばあちゃんの家に行くと、彼岸花があぜ道に点々と咲き続いていたのよ。お墓に向かう道すがら、紅い火が灯っているような気がして、怖いなぁって思ったのよ。
今でも、その気持ちは残っているけれど、田んぼの畦に、金色の稲穂をバックに一叢、二叢と咲いていると、凄くいいなぁって思うのよ。何だか日本の原風景って感じ、写真に撮りたいなって思ったりするのよ。」と、わたし。

『でも高速じゃ、車止めてあげられないよ。』と、アイリスが笑う。

「ススキの穂も、今頃の出たばっかりのがいいね。野菊が楚々と咲く森の小道もいいし、大好きなのは夏だけれど、それとは別に、やっぱり自分の生まれた月は落ち着くよね。」と、わたし。

『うん、判るよ。わたしも秋が一番好き、そのなかでも特に好きなのは、自分が生まれた11月だもの。』とアイリスが言う。
やがて富士山が車窓に広がってきて、マーガレットの家に着いた。

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てっちゃんは、ほっぺが落ちそうなくらいふっくら笑顔…
先日は泣かれてしまったけれど、今日は大丈夫のようだった。
マーガレットとてっちゃんを乗せ、車はとんぼ返り…
帰り道、ショッピングモールに立ち寄り、お買い物をしようという事になった。
娘たちと一緒に買い物をするのは楽しい。おかあさんのお誕生日だからと、アイリスがお昼をご馳走してくれた。ありがとう♪

そして夕飯は、息子がご馳走してくれた。
てっちゃんがいるので、外に行くのは止めて、家ご飯、わたしの好きなお寿司だった。
ありがとう♪

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『おかあさん、ケーキもあるからね。』息子はケーキ屋さんに予約で頼んでおいてくれたらしい。
『プレートにメッセージを書きますので、何て書きましょうか?って、聞かれて、“おかあさん、お誕生日おめでとう”と書いてくださいって言うのが凄く恥ずかしかったよ。』と、笑いながら言っていた。

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ロウソクを立てて、明かりを消して、みんなで『おかあさん、お誕生日おめでとう!!』と、声を合わせてくれた。ふーっと、ロウソクを吹き消して…「みんな、どうもありがとうね!」
てっちゃんは、目を丸くしていた。(笑)

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マーガレットが、青い紙包みを、そっと差し出した。
『おかあさん、ほんの気持ちだけなんだけれど、お誕生日おめでとう!』
「え、そんな気を使わなくても良かったのよ。開けてもいい?」

青い包みは、マーガレットがラッピングしたのだろう。可愛らしいシールで止めてあった。
そっとシールを剥がし、包みを開いた。
「わぁ~♪すごいじゃない!ありがとう!可愛いい!」
それは、てっちゃんのポートレートだった。

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『何にしようかなと思ったんだけれど、おかあさんが喜んでくれるかなと思って…でも、全然、お金かかってなくてごめんね。』と、マーガレットがすまなそうに言った。
「そんなこと無いよ。とっても嬉しいプレゼントよ。ありがとう♪どこに飾ろうかな」
『おねえちゃん、やるじゃない♪』と、アイリスも言った。

わたしの誕生日に何か贈りたいと思い、一生懸命考えてくれたのだろう。
写真を選びながら、作ってくれたマーガレットの姿が浮かんできて胸が熱くなってしまった。

マーガレットとてっちゃんは、3日間滞在し4日目にアイリスとわたしで、山梨まで送っていった。
その間、わたしは充分、てっちゃんとスキンシップを楽しんだ。
そして、娘たちと買い物を楽しんだり、一緒に食事をしたり、楽しい3日間だった。

ふと、子どもたちが小さかった時の誕生日を思い出した。
一歳のお誕生日からずっと、欠かさずにお誕生日のお祝いを重ねてきた。
家族のメモリアルだと思った。そして、子どもたちが大人になって、いつか、同じように、わたしの誕生日を祝ってくれるようになった。
こうして、ずっと、年を重ねていけたなら、とても幸せなことだと思う。
家族に、そして、父母に感謝したのだった。

帰る日の朝、てっちゃんは、ご機嫌でみんなに笑顔を振りまいた。
ちょっとの間なら、こうして一人でお座りもしているのだった。

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2009.09.24 Thu l 日々の想い l COM(11) TB(0) l top ▲
鷹渡りを見たいと思ったのは、もう、かれこれ5年ぐらい前になる。
野鳥を心から愛するネット友のシューさんのBBSで、『今年も渡りが始まりましたね』
『今日はサシバの渡りが見られましたよ』『渡りは、壮大なロマンですね』
なんて書かれているのを見て、とても興味を持った。
もともと、渡り鳥に、自然の神秘を感じていたからと言うこともある。
わたしにとって渡り=旅というイメージがあったけれど、実際、鳥たちにとって
渡りとは命を繋ぐために繰り返される、生命をかけた旅なのだと思う。
 
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こうして、“鷹渡り”を見たい、見たいと思いながら、9月半ばの山を歩いては、
いつも空を見上げていたのに、ずっと見れずに来たのは、ひとえにわたしの勉強不足によるものだった。(^_^;)
わたしは、見晴らし良い山なら、どこかで見れるのではと思っていたのだった。
けれど、鷹は、気まぐれで飛び立っている訳ではないのだと言う事をやっと知った。
鷹の渡りとは、ちゃんと航空力学みたいな理由があっての事だった。

まず、鷹が渡る場所は、上昇気流が生じやすい地形であること。
鷹は、上昇気流に乗って、羽ばたかずにどんどんと高度を上げる。(これを帆翔と呼ぶ)
ある程度の高度まで上昇した時、今度はグライダーのように、空を滑空する。

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>高さをどれだけの移動距離に変換出来るかを滑翔効率と言うそうだが、ノスリの滑翔効率はおよそ11・・・高さの11倍の距離を滑翔出来るらしい。

これは、ネット検索中に出合ったサイトに書かれていた記述だ。
そのサイトさんによれば、上昇気流は陸上で発生し、水上では発生しにくいのだそうだ。
だから、タカは陸地沿いに飛び、海上は島伝いのコースをとることになるそうだ。
日本のサシバは琉球列島伝いにフィリピンに渡るのだという。

鷹の渡りには、上昇気流の発生しやすい地形や、上向きの風が生じる尾根沿いの通路などが不可欠なのだそうだ。次に、上昇気流が生じやすい、天候や時刻も限定される。
渡りに好都合な諸条件がそろった時、自ずとタカたちは同じ時刻に同じ場所に集まることになるのだという。

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そうだったのか!わたしは、目からうろこのような気がした。
ただ闇雲に、山を歩いていて、偶然の遭遇を期待しても駄目だということが良く判った。
一石二鳥で、見ようなんて甘い考えだったと思った。
わたしの住む地域で、鷹渡りが見れる場所は、“天覧山”だと、シューさんから教えていただいていたことを思い出し、「天覧山の鷹渡り」で検索したら、詳しく解説されたサイトも見つかった。
そこには、「秋の一日を棒に振るつもりで、ゆっくり眺めてください」と書かれていた。
今年は「鷹渡り」を見るために時間を費やしてみよう…と、素直に真剣に誓ったのだった。(^_^;)

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まずは実行あるのみ!!わたしは、遠い昔に、小学校の遠足で訪れた記憶を辿って、天覧山に下見に出かけた。
家から、約30キロほどだろうか。自転車で来るには、ちょうど良い距離だったし、山と思っていたその場所は、低い丘のような地形だった。
麓にある能仁寺というお寺からだと、ほんの20分もかからずに登ってしまえるほどだった。
わたしは、ちょっと回り道をして、谷津田のある高麗峠から登ってみた。

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高麗峠といっても傍らを国道が走るような街の中にあって、それでいて、国道や街を背にして、一歩踏み出せば、まるで別世界のような里山の風景が広がっているのだった。
高麗峠の入り口にはこんもりと茂る背の高い木があって、その木立の間を一筋の小道が続いている。
なんとなく、トトロの森みたいと思った。
関東ローム層の赤土の道は、子どもの頃に駆け回って遊んだ神社の森や、雑木林の中の小道を思い出して妙に懐かしかった。

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クヌギやコナラが多いような気がしたが、途中桜の木がたくさんあるところがあって、春は綺麗だろうなと思った。そんな小道にはひっそり石仏がが佇んでいた。

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木で刻まれた階段を少し息を切らしながら登ると、大きな木々に囲まれた広場にでた。

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ここが天覧山の頂上で、山頂を示す道標と、いわれを書いた看板が立てられ、細長い展望台が設けられていた。あっけなく、頂上に立てる割には、とっても見晴らしが良く、南東方向には飯能の市街地が広がっているのが眺められた。そして、平野部をはさんで、奥には丹沢から奥多摩、そして秩父へと山脈が青く連なり、見覚えのある奥多摩の山々が山座表で確認できた。

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「ふーん、こうなっていたんだった…」と、わたしは独り言を言う。子どもの頃、見慣れていた奥秩父の山々の連なりを思い出したからだった。今、わたしが住む場所からはまるで反対に見えることが何だか不思議な気がした。

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頂上をあちこち動き回った後、わたしは展望台から遠くを眺めた。
心地よい風が優しく吹いて絶え間なくわたしの髪に絡まる。
天覧山のある丘陵は、彼方の山に平行に伸びているような気がした。
きっと、こんな地形がこの地に上昇気流を生むに違いない。凄い!鷹渡りが見れる場所には、ちゃんと訳があったのだ。

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しばらく、展望台から見ていたら、トンボたちが気持ち良さそうに風に乗って飛んでいたし、2羽ほどカラスが渡っていった。鳶も一羽見ることが出来た。

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夏の名残りと、秋の始まりの、行き逢いの空を見上げて、眩しさに目を細めた。
鷹は見られなかったけれど、わたしは満足だった。翼に風をはらみ、青空を悠然と舞うタカの姿を想像しながら、わたしは山を降りた。 今度はきっと、旅立っていく鷹を見送ろう…。

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この山は、徳川綱吉の母が寄贈したという、羅漢が納められていることから、羅漢山とも呼ばれていたそうだ。低いながらも切り立った崖に、何体もの羅漢像が午後の光をまとっていた。

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麓の公園は、もう、桜モミジが始まっていた。

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エノコログサにも、金色の秋の光が…

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赤い木の葉に、色ずく秋の気配が…

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シロツメクサの花に、紅い桜の葉ひとつ…

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青き楓の葉に、夏の名残りの空蝉の光…

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彼岸花の赤い花が風を聴いていたのだった。

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2009.09.14 Mon l 里山 l COM(2) TB(0) l top ▲
「あっ!アオスジアゲハが、煌めきながらクスノキの繁みに入った」
夏の朝の出勤時、もう何年も前から、時々そんな光景に出逢っていた。。

黒い翅に美しいコバルトブルーのラインがはいった蝶
ステンドグラスのように透き通ったそのラインが、
熱く照りつける真夏の日差しの下で輝けば、なぜか、わたしに南国の海の色を思わせる。そして、スピード感あるすばやい飛翔に、ドキッとぢて、いつも魅了されてしまう。
わたしは、クスノキの街路樹の下に立ち止まって、もう一度あのときめくブルーラインが見れないかと見上げてしまうのだった。

アオスジアゲハの食草はクスノキの葉だというから、きっとこのクスノキに卵を産み付けているのかもしれない。
こうして、毎年、アオスジアゲハに逢えると言う事は、ずっと命が繋がっているのだと思う。

たった、それだけのことなのだけれど、ぱっと、こころがときめいてしまう。
そして、こんな歓びを教えてくれたあなたのことを考える。

街の通りを煌めきながら飛翔してゆく蝶を見かけたら、
きっとあなたも立ち止まっていると思う。今のわたしのように…

2009.09.12 Sat l 日々の想い l COM(2) TB(0) l top ▲
8月12日~25日の期間で、銀座松屋で、熊田千佳慕さんの絵画展が開催されていた。昆虫を細かく観察した精密画で知られる画家で、日本のプチファラーブルと世界でも賞賛されている。
今年で99歳になられたが、いまだ眼鏡は使わずに絵筆を握る。
幼い頃、病弱で、虫と遊ぶのが好きだったそうだ。父親から教えてもらったファーブル昆虫記が愛読書で、いつしか自分の絵でファーブル昆虫記を書いてみたいと思うようになっという。
60歳ごろから描き始めたファーブル昆虫記の昆虫の絵がライフワークとなり99歳になった現在も描き続けている。

良く観察し、見極めてはじめて書き始めるという絵は、細い筆の筆先の毛数本のみで描かれ、1枚を書き上げるのに3年を要することもあり、緻密でリアルな画法と美しい色彩にあふれた表現力が素晴らしい。

熊田さんの絵は、とてもリアルなのに、なぜかとてもファンタジックで、その不思議な美しさと、優しさと温かさに、まるで魔法のように観るものを惹きつけて止まない。
わたしもまた、熊田さんの魔法にかかったひとりなのだった。
熊田さんの絵画展が開催されることを知って、絶対に行こうと心に決めていた。

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8月12日、絵画展初日、わたしは久しぶりに都心へと向かった。
今日は銀座の絵画展のあと、浅草界隈を歩いてみるつもりだった。
くまちかさん(熊田千佳慕さんの愛称)の絵画展は、開場と同時に、大勢の人々が訪れた。改めてくまちかさんの人気を物語っていると思った。
わりとご年配の方が多かったように思う。みなさん、それぞれの作品の前で足を止め見入っていた。
わたしも、一つ一つの作品を、じっくりと鑑賞することができた。
どの作品にも、虫に対する溢れる愛情と細やかな観察眼の賜物のリアリズムが、まるで生きているように生き生きと描かれていた。
絵本作家としても知られていて、代表作に、“ミツバチマーヤの冒険”“不思議の国のアリス”“オズの魔法使い”“ピノキオ”“ライオンのめがね”などがあり、それらの挿絵も展示されていて、丁寧に描きこまれた精密画の手法で、メルヘンの世界を作り出しているような気がした。子供たちに夢を与えてくれる素晴らしい挿絵だった。
もしかしたら、わたしも子供の頃、そのどれかの絵本に出逢っているような気がするのだけれど、はっきり覚えていないが残念だった。

約2時間かけてじっくりと作品を鑑賞した。こんなにゆっくりと一つ一つの絵を鑑賞したのは久しぶりのことだった。
そして、会場で上映されていたくまちかさんのビデオも拝見した。
横浜の郊外に借りた古い小さな民家、6畳一間の小さな部屋で寝起きし、それがくまちかさんのアトリエだった。飾らない質素な暮らし向き、清貧という言葉が浮かんだ。
奥様もご高齢だが、共にお元気で暮らしている。
くまちかさんの部屋には網戸がない。一年中開けておくから、いつもいろんな虫が遊びにやってくる。
夜になれば、部屋の明かりに引かれて、甲虫たちもやってくる。
「灯りの周りをくるくる廻っているうちに、ほら、目を回して落っこちてしまうんですよ」と言いながら、愛おしそうに指でカナブンの背中を撫でる。そんな仕草がなんとも自然体で素敵なお二人だった。
90歳の頃、奥様のご病気で一時、絵が全く描けない時期があったという。
その時を振り返って千佳慕さんは、穏やかに語った。
『誰でも、人生の中でそのような時期があるものです。それは、神様がお与えになった試練の時なのだと考えます。その時期を一生懸命頑張って乗り越えた時、後は、面白いように絵が描けるようになりました。』

わたしは、その言葉を聞いて、千佳慕さんの絵が、こんなにも人の心を惹きつけて止まないのか判るような気がしたのだった。
千佳慕さんの絵には、生き生きとした命の輝きが溢れていて、その輝きが見る人の心に生きる勇気と愛を与えてくれているような気がした。
とても充実した良い時間を過ごした。今日の目的は、もう、半分以上叶い、後はおまけのようなものだと思いながら、地下鉄で浅草へ出た。


浅草に来るのは何年ぶりだろう。浅草寺界隈は、相変わらずの賑わいだった。

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雷門のこの大きな提灯は、下町という雰囲気を感じてとても好きだ。

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仲見世のアーケード街に軒を連ねる、昔ながらお店。
 
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どのお店も、古い佇まい。今では懐かしい雰囲気だけれど、昔は活気に満ち溢れていたのだろうなと感じた。今も観光客の大勢の人の流れを見ていると活気があっていいものだ。
夏らしいとても暑い日だった。アーケードの屋根に木立の影が映りこむ。

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五重塔に、陽射しが動く。

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久々に夏らしい青空に輝く

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境内は大勢の人々で賑わっている。

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屋台のお店もいくつか出ていて、下町のお祭り情緒もあったりして…

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浅草寺は改装中だったが、屋内はお参りすることが出来た。

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天井に書かれた天女や龍、鳳凰の絵が美しい。

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鳴き龍かな?
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荘厳な感じのする祭壇?(何と言うのだろう?知識がなくて…)
大寺院の風格がある。

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何本もの柱には、小さな灯りがともる。

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浅草寺を後にして、下町散歩に出かけた。

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ジャパーニーズ・オープンカフェみたいな、出店が続く裏通り。

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いきのいいおにいさん、おねえさんたちが、呼び込みをしていた。
『休んでいきなよ!ビールが冷えてるよ!』
屋台で乾杯する人も、食事する人も、みな朗らかでたのしそう!

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「天国」なんて、ホットドック(*^_^*)

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寄席があるのも、浅草らしいな。

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浴衣姿の娘さんたちを乗せた人力車の青年。なかなか風情がある。

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快活な感じの娘さんたちもまた、粋です。

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おや?街角になにやら懐かしいお顔の看板がいっぱい。

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デンスケさんをご存知の方もいらっしゃると思う。、子供の頃、お昼頃のテレビで、でん助劇場と言うのをやっていた。懐かしい。

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花屋の店先で、立ち止まる。

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ブーゲンビリアのビビットなピンク

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ガーベラの元気なオレンジ

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海のような青いリンドウ

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太陽のようなヒマワリ

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水上バスを見たくて…

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桟橋に向かう

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青空に聳えるビルと、首都高

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○○○ビールだったかな?

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水面の光がゆらゆらと水上バスの下を流れる。

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時間が来て、水上バスはゆっくりと川を走っていった。

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水上バスの中から僕を見つけて
観光客に混じって笑って手を振る
そんな透き通った景色を
僕の全部で守りたいと思った …♪ミスチルの歌を口ずさんだ。

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カモメは高いビルまでも上昇していった。

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波間に浮かぶカモメも…

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いつか水上バスに乗ってこの川を遡ってみたい。
2009.09.11 Fri l 日々の想い l COM(6) TB(0) l top ▲
ミス・チルのこの曲を聴いた時、「ああ、いいなぁ…」と思った。
情景が、目の前に浮かんできて、まるで自分が見ているように流れていった。

歌詞がとてもいい…

♪君を待ってる手持ち無沙汰に
ぼんやりした幸せが満ちていく
向こう岸から ゆるいスピードで
近づいてくる水飛沫は君かな? ♪

こんなふうに、さらっと言葉が詩えたなら素敵…

この景色が見たくて、浅草へ行った。

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水上バス/Mr.Children

買ったばかりのペダルを
息を切らせて漕いでは桟橋へと向かう
深呼吸で吸い込んだ風は
少し石油のにおいがして
その大きな川に流れてた

君を待ってる手持ち無沙汰に
ぼんやりした幸せが満ちていく
向こう岸から ゆるいスピードで
近づいてくる水飛沫は君かな?

水上バスの中から僕を見つけて
観光客に混じって笑って手を振る
そんな透き通った景色を
僕の全部で守りたいと思った

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君乗せて漕ぐペダルにカーラジオなんてないから
僕が歌ってた
そのメロディーに忍ばせて
いとしさの全部を
風にたなびかせて歌ってた


夕日が窓際の僕らに注ぎ
君はさらに綺麗な影を身につける

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今度は、水上バスに乗って、日の出埠頭まで行って見たいな…


水上バス/Mr.Children
2009.09.04 Fri l 音楽 l COM(2) TB(0) l top ▲