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先週末は、長女が帰ってくるというので、アイリスの運転で山梨まで迎えに行った。
高速道路の周辺の低山は、まだ、ミズナラやコナラなどの名残りの紅葉が赤茶色に燃えていた。
やがて、前方には麓まで真っ白に雪化粧をした富士山が姿を見せ始めた。
娘が嫁いでから、わたしにとって富士山は特別な存在となった。
いつも、娘を見守っていてくれているような、そんな想いで見上げる山となった。
わたしが住む街からも、晴れて空気の澄んだ日には、朝、夕にその秀麗な姿を望む事ができる。
今は、その山に向かって、娘の幸せを祈っている自分がいるのだった。

『やっぱり、富士山は大きいね!もう、雪で真っ白なんだね〜!』とアイリスが言った。
「いつか、この富士山がよく見える山梨の山に登ってみたいね。」と、夕陽に染まりだした富士山を眺めつつ、そんな事を話しながら長女の家に着くと、長女はちょうど洗濯物を取り込んでいるところだった。

3日ほど、家を留守にするので、彼の夕食の準備や、朝食の準備をしたり、お風呂を沸かして、今夜の分と明日の分と…などといいながら着替えの用意とかをしていた。
『え〜、着る物まで用意してあげるの?ちょっと、甘やかし過ぎじゃない?お姉ちゃん、主婦みたい。』と、アイリスが笑いながら言っていた。
『だって、主婦だもん。。。』と、長女も笑いながら答えていた。
そんな娘たちのやり取りを聞きながら、わたしは、心の中で、この子もこんなにかいがいしく家事ができるようになったんだなぁとちょっぴり感慨深く思ったりするのだった。

さて、準備が整い、再び、アイリスの運転で帰路につく。
すっかりと日は暮れて、夜空には煌々と満月一日前の月が照っていた。
藍色に沈んだ夜空の中に、それでも真っ白なシルエットになって富士山が浮かび上がっているのが、不思議に思えた。富士山って夜でも存在感があるんだなぁ…。

娘の暮らす街は、鄙びた佇まいで、まるで、昭和初期にタイムスリップしたような感じの商店街が続く。
ほの暗い街道には、人影もなくて、家々の明かりや、街灯の明かり、シャッターを半分下ろした事務所の中で白いコートを着た女性が何か話しているのが垣間見れたり…
そんな光景を眺めていると、わたしの頭の中には、勝手に物語や思い出なんかが浮かんでは消えていく。
『夜になると本当に暗いね…お姉ちゃん、寂しくないの?』と、アイリスが呟いた。
『うん、この辺りは何もないよ…この頃は慣れたけれどね…』と、長女も答えていた。
田舎が大好きなわたしには、懐かしく見える街角も、当たり前のように24時間営業のコンビニが点在する街で育った娘たちには、ただただ、寂しい街に思えるのだろう。
やがて、実家に近づいてくると、長女は、『やっぱり、こっちはいいよね〜!街が凄く明るく見えるよ。でも、何だか無駄に電気をつけてる感じがするなぁ…。』なんて呟いていた。^^;
夕食の買い物でスーパーに寄れば、『品物が豊富で良いよね〜!』なんて言っている。
「今夜は、何が食べたい?」と、聞くと、『何でも良いよ。あっ、そうだ、ひじきの煮物を教えて欲しいの』と答える。
「うん、いいわよ。じゃ、ひじきと、油揚げと、お豆と…」などと話しながら久々に、母娘三人での買い物は楽しかった。

和気藹々の食事の後、長女はゆっくりお風呂に入って、コタツにあたりながら夜更けまでおしゃべり。
そして、アイリスの部屋に敷いてあげたお布団にもぐりこむ。
『わぁ、ふかふかであったかい♪おかあさん、ありがとう・・・』と満面の笑みを浮かべた。
そんな長女の様子を見ていたら、わたしが、母からしてもらった事が、いろいろ思い出された。
わたしの母は、もっと、優しく、温かく、わたしを包んでくれていた。
改めて、亡き母の大きな愛に気づかされるのだった。
懐かしいな…ありがたかったな…
もう、あの、母の温もりに触れる事は出来ないけれど、今度は、わたしが、母がしてくれたように、娘たちを大らかに優しく包んであげたいと思うのだった。
翌日は、長女の希望で、娘たちと、父母のお墓参りをする事になっている。
父母もきっと喜んでくれることだろう…。

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2008.12.17 Wed l 日々の想い l COM(0) TB(0) l top ▲

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